2011年2月4日金曜日

忌まわしさよりも 羽ばたきを

どぶに捨てたいものがいくつかある。
幼いころの忌まわしき記憶があればそれ。
手術台に縛られて、四方を囲んだ大能面が徐々に迫ってくるという記憶は、忌まわしい記憶以外の何者でもない。
それは夢。現実ではない。
学校の体育ユニフォームが似合う女子学生に萌を感じるのは個々人の勝手だが、学校の体育ユニフォームが似合う能楽師に萌を感じるのはもちろん個々人の勝手である。
体育ユニフォームを纏いつつ、能舞台上からじわじわとにじり寄ってくる能楽師に忌まわしさ以外のものを感じ得ないという世論に真っ向から反論する形となっているのだが、忌まわしいものを目撃したという情報を伝える「忌まわしさ撲滅ホットライン」のコールセンターが開局して30年、未だに入電は0である。
その事実を誰かに伝えたい。そういった事実を伝えるための「忌まわしさ撲滅ホットラインに30年経って未だ入電0である事実伝達ホットライン」のコールセンターが開局10年の節目を迎えることに伴い、しがない一医療事務員が、この度南極点に単独で到達し、あろうことかかの地でアパート経営を始めてしまったというのだから、驚きを通り越して、むしろ忌まわしさ以外の感情を感じることを禁じ得ない。
その忌まわしみの感情の余波は、有料老人ホームに入居している高感度のしゃれっ気老人たちにも伝わり、ネストリアス派キリスト教が中国に伝わり景教と呼ばれたのと同じように、その忌まわしみの感情は老人ホームに伝わった結果、葉隠れ悪人忍法帖の放送開始日が、奇しくも一般人のふりして駆け出す四十路魔あらわる。

話を離婚 相談のことに戻そう。
要は、非常に高感度であるのは原宿を闊歩している若者どもなどではないのであり、むしろ巣鴨を牛歩している老人どもなのではないのだろうか。
海外旅行保険の保険屋が巣鴨に店を構えても泣かず飛ばずであるのは、客の大半は老人たちだろうと見くびり、あろうことか信州バスツアー旅行の保険しか扱わなかったせいである。老人などは海外に行かないだろうと思っているのである。あきれた話だ。
もはや、大学生の20パーセントが65歳以上の老人であるというこの時代。大学の卒業旅行で海外に行くことは多いのだから、そうなれば必然、老人たちもその海外旅行に参加するはずであろう。まったく、いい加減に巣鴨のマクドナルドでサイズを「L、M、S」ではなく「大、中、小」と呼ぶのをやめたらどうだ。
わしは怒っておるぞ。

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