その事が既に恥ずかしくもあるが、なぜブログを始めたかと言えば、恥ずかしみという感情を克服したいのです。そして、矛盾するのだけど、自分をさらけ出したい衝動に、急に駆られたからでもある。
今まで色々と恥ずかしかったんです。何をするにも忌まわしき「シャイネス」が付きまとい、「シャイネス」のせいで色々と失敗したりもした。「シャイネス」に振り回される26年間でした...
そんな時はいつも、こんなとき自分がアメリカ人なら良いのに・・・と願ったりもしたが、実際に翌日起きてアメリカンになっていることはなく、絶望した。今考えると、実際に翌日起きてアメリカンになっていれば、そちらのほうが絶望する事山の如し、山には山賊多き事山の如しであるが、とにかく日本人的な「シャイネス」や「奥ゆかしネス」というものも必要だけれど、それだけではいけないのです。なぜなら、「シャイネス」は時に「かっこつけ」と同義だからです。やはり「かっこつけ」は良くない。自分をさらけ出していないもの。平たく言えば、嘘を言っている。具体的に言えば、岩井俊二や浅野いにおの作品を見ているときに感ずるあの違和感を思い出してみましょう。むずがゆい。
おいおいかっこつけるな!姿勢よく座れ!マイクちゃんと握れ!みたいなね。
そういうの、わりと嫌いなんですから。
話がずれますが、彼らがどちらかはまだはっきりとはわからないんですけど、かっこつけ君にはタイプが2種類ございまして、かっこつけていることに自覚がない「天然かっこつけ」タイプと、確信を持ちながらかっこつけて我々を騙しにかかる、青年実業家だし優しいしイケメン、この人と結婚したいわ結婚しましょう夢の新婚生活だわウフフ→3ヶ月後金もって行方くらまされる結婚詐欺師常習犯的な「確信的かっこつけ」タイプとあるわけです。
前者はかわいげありますが、後者はたちが悪いです。後者でも、別に職業が普通のサラリーマンとかであれば、自分が関わらないようにしていれば問題ないのですけど、漫画家とか映画監督とか作品作る人が後者だとね、そこにお金が発生している訳ですから。だまくらかしてお金とっちゃってるわけですからね。たちが悪いですよ。
(おそらく、浅が前者で岩が後者ではなかろうか。→浅の天然ぽさがわかるインタビュー。かわいげがある。)
おい、特に岩!と思うのだが、まあ映画なんて自分一人だけで作るもんじゃないしね。カメラワークとか構図とかが露格好的(確信的にかっこつけているの意)というのは、少し鼻につくことはあっても、それほど問題じゃないんですよ。問題は台詞とかストーリーそのものがそうであった時。これは、いけない。いけすかない。岩の場合はそういった部分にも露格好臭さ=ザッツ岩テイストがフンダンに盛り込まれている印象を受けますので、やはりいけすかないのです。そのような岩テイストに酔いしれるオシャレ気取りちょいサブカルかじりの男女たちも、まあいけすかなかったりするんですが、彼らにもかわいげがあったりしますし、やはり問題は騙す側にあるでしょう。
おい、岩!もっと自分に正直になれ!あと、マイクちゃんと握れ!あ、ソッチでその持ち方流行ってんの!?みたいなね。
いやはや、大幅にずれましたが、この「かっこつけ論」についてはまだまだ論じがいのありそうなおいしいテーマなので、追跡調査→記述していくつもりです。異論反論お待ちしております。
さて、自分の話に戻る。
そうである。そんな、時には「かっこつけ」にも通じてしまう「シャイネス」などはとっとと捨て去るべきなのである。今まで、なるべく嘘は言わないように生きてきたつもりだが、それだけではまだ温い気もしていて、なにか自分の中で突っかかる物があった。まだ色んな自分を出し切れていない気がした。俺はこんなもんじゃないという思いを常に抱いていたのだけど、その自分をさらけ出す上で、突っかかりとなっているものが一つ「シャイネス」なのではなかろうか。そして、その「シャイネス」を突き破る為に、とりあえずブログで謎に包まれた私生活など暴露しちゃうゾ☆的な思いで、このブログを始めてみた。というように、自分を分析してみた。
こんな自己顕示欲が強いのにシャイな自分。真性かまってちゃんな自分。しかし、ブログなどをやる民は、みなそうであろうぞ。
あ、そうか。そもそもブログをやるきっかけがみんな同じで、自分を見てほしくて構ってほしいけど、シャイだからとりあえずはバーチャルな場で自分を吐露。という図式なのか。なんだ、自分も同じ理由じゃないか。みんなと一緒で安心。みんなと違ったらイヤだもの。
おほほ。妙に合点がいった。ところで、お後よろしく記事終わる。
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