『We Don't Care About Music Anyway...』です。3日前くらいに渋谷ユーロスペースで鑑賞。
予告編
怖そうな映画ですね。そうです。ノイズ音楽についてのドキュメンタリー映画です。
『東京、音楽番外地へようこそ』という何やら禍々しいコピーがついております。ウーン、怖そう。
しかし、これは声を大にして言いたいのですが、「ノイズ、怖くない」。これはもう本当に言いたい。声を大にして、ジローラモあたりにも言ってほしい。
怖くないから、試しにノイズを聴いてみてご覧。ほら、ジローラモもこっちにおいで。
とりあえず、怖くない証拠をお見せしましょう。
まず、水着のきれいなねえちゃんも、ノイズします。
umi no yeah
ほら、ぜんぜん怖くない。ムシロかわいいし、ファニーですね。
僕も最近知ったんですが、彼らは「umi no yeah」というバンドです。映画にも出ています。
『竹久圏(KIRIHITO/Group/younGSounds)と女優の嶋崎朋子による常夏トロピカル・ノイズユニット』(http://www.myspace.com/tommysimmyjakie)とのこと。
「トロピカル・ノイズ」ですからね。怖い訳はありません。
ちなみに、竹久圏という人のKIRIHITOという方のバンドは、フツウにかっこよい。
KIRIHITO
はい、ねえちゃんがノイズすると思えば、一方ではただのおっさん(銀行員と公務員)も、ノイズします。
Incapacitants
映画には出ておりませんが、世界のIncapacitantsです。
彼らのライブは衝撃です。絶句します。会社生活で感じているであろう日々のストレスを、これでもかというくらいに発散しまくります。
でも、やはり、もはや、かわいい。まったく怖くない。
実際、僕も一度だけ彼らのライブを観た事がありますが、終始顔が緩みっぱなしでした。自然と笑みがこぼれます。必見です。
世のサラリーマンはみんなノイズバンドをやるべきではなかろうか。ストレス解消にはもってこいだと思います。
どうです。ノイズ音楽、悪くないでしょう。
見世物小屋感覚で、色物見る感じで、ライブを見に行ってもいいと思うんです。
「おー、ねえちゃんきれいだな」とか「うわあ、おっさんいっちゃってるなー」とか、最初は宴会の催し物見る感覚で見たとしても、いずれハマる事請け合い...
いずれにしても、そういうの面白がれる感性、大事と思います。
子供の頃はもっと純粋に色々と楽しめていたはずなのに、ぼくら大人になると、「怖そうだから」とか「どうせ自分にはわからないから」とか勝手に萎縮しちゃって、せっかくの面白いものおいしいものに触れ合う機会を逸してしまいがち。
そんなのはつまらないですよ。
もっと、そんなつまらん既成概念とっぱらって、子供のように純粋に、何でもただ面白がってみればいいんです。
ゆらゆら帝国の坂本先生が言ってましたけども、彼らの曲も親戚の子供らに聴かせたら、すぐに気に入って覚えて口ずさんじゃったというエピソードがあるらしいです。
大人が敬遠してしまう音楽も、意外と子供には楽しいと思えたりして、受けたりするんですよね。
ほら、左上で子供も笑いながら見ていますよ。
HMV渋谷店が無くなるのはほんとうに悲しい事なはずなのに、非常階段大先生がまさかのインストアライブを決行する事によって、みんなが笑顔ですね。
おわかり頂けたでしょうか。
こういったノイズ音楽は、ちょっと怖そうだったり難解そうで取っ付きにくそうに思えるが、そうでもなくて、むしろファニーでかわいい面があるのです。
まあこの話もすごく奥深い話で、音楽だけに関わらず、美術作品とか人物像とかへの「イメージのズレ」つまり「人それぞれが抱いているイメージの差異」っていう問題につながるっぽくて、とても興味深い。
「イメージのズレ」についての話も、まあ追って記述していきたい。
さて、この時点で肝心の映画れびゅうについては一向に触れていないことに気づいて頂けたでしょうか?私も今、気づきました。
まあ、説明しづらい映画なので、とりあえず奥義、抜粋。
『東京、西暦20XX年。押し寄せる人ごみと騒音。鉄道が轟音をたてて通り過 ぎ、パトカーはサイレンをけたたましく鳴らし、街ではスピーカーが絶え間なく注意を呼びかける。催眠術のような数多くのメッセージが、あらゆる逸脱を押さえ込もうとする。
坂本弘道、大友良英、山川冬樹、L?K?O、Numb、Saidrum、竹久圏、嶋崎朋子はそこにたいした注意を払わない。彼らはこうした音に囲まれて育ってきた。それがスピーカージェネレーション、振動板から生まれた音とともに育った世代。
都市のノイズは、音楽というプリズムのなかで新たな輝きを放つ。
本作は、東京で新しい音楽を生み出す8人のミュージシャンと日本の大量消費社会を結びつけ、対峙させたドキュメンタリー映画である。そして音とその知覚についての探求の映画でもある。
8人のミュージシャンがたゆみなく追求し続けるものは、音楽言語にまだ成りきっていない未開の音、本能的な音である。それは都市の音そのもので、滅菌され、フォーマット化された、東京の日常に遍在する音である。
都市の生み出す騒音や雑音が、ノイズミュージックと混じり合って轟音のうねりを巻き起こし、爆音の極点へと達する時、視覚と聴覚を極限まで研ぎすませた観客の眼前に、新しい東京の風景が広がる』(http://www.wedontcareaboutmusicanyway.com/ja/introduction/)
デス。
純粋なドキュメント映画でもなく、アーティストのライブシーンや彼らの議論/談話シーンやインタビューシーンと駅や雑踏それにゴミ集積場など東京の風景のシーンなどがカットアップ&マッシュアップされてできた、それ自体音楽のような映画です。
アーティストたちもノイズミュージックを奏でますが、東京の街も日々騒々しいノイズを生みます。
当たり前に溢れすぎているので、単に街を歩いているだけでは、殆ど意識していないのですが、街にはノイズが溢れまくっているのです。
こうやって改めて映像で提示されるとよくわかります。
東京はアナウンス過剰な街。余計なノイズで溢れかえっています。駅のホームの注意喚起も過剰だし、あろうことか渋谷や新宿では「神は許します」のアナウンスが流れるスピーカー付き立て看板を持った不機嫌な顔の
東京で生きている以上、様々なノイズに取り囲まれるのは、もはや避けられないでしょう。だから、自分にとって何が必要で何が不要な音なのか峻別することが大事です。そして、不要な音には注意を払わない事が大事です。いや、むしろ一番の理想はこうです。
街中の余計なノイズは脳内変換して自分だけのファニーでかわいい必要大事なノイズ音楽にしてしまえ!→特にサラリーマンはその変換したノイズ音楽を、実際にノイズバンド組んでステージで奏でてしまえ→みんな笑顔→幸せ
という図式が最高。
垂れ流されるだけじゃ、ノイズ、もったいないもの。有効活用しなきゃ。
音のリサイクルですよ、これは。
なぜエコエコ叫ばれている割には、音のエコに関してみな無関心?
音ってのが抽象的で実体のない物だから?実体のない物はリサイクルできないとでも?
ほんとうにみんな即物的なんだから!ケモノ!
ええ、ケモノと言えば、最後にこの人。
L?K?O?さんに「ライブ中はアニマル」呼ばわりされていたこの人の映像で締めくくりましょう。
山川冬樹さんです。ホーメイと骨伝導マイクと足シンバル。どちらかと言えばアニマル寄りです。ちなみに、お隣は蛍光灯を楽器にしてしまった伊藤篤宏さんです。好きこそものの上手なれ。
長髪のアニマルが二人。六本木スーパーデラックスです。僕の今の所の生涯ベストライブでした。身の毛がよだった。
皆様も、ぜひファニー&クレイジー&デラックスなライブ、ご体感してくださいませ。ませ。
ところでお後よろしく記事終わる。
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